2008-11-11 00:50:00

『蒼天航路』9(その2―劉表について) [ 『三国志』関連書籍等紹介 ]

李學仁〔原案〕王欣太〔著〕『蒼天航路』9(その2―劉表について)
(講談社 講談社漫画文庫 2001年第1刷、2003年第7刷 ISBN 4-06-260961-4)


 『蒼天航路』における劉表の人物像も非常に興味深い。本作品での劉表は学術を守護する人徳者としての「表の顔」と、劉備などを利用して天下を狙う野心家としての「裏の顔」を持つ人物として描かれている(『蒼天航路』その百九十三・孔明のいる風景など参照)。
 加えて、本作品での劉表に対する評価は主に諸葛亮によって語られていることも指摘しておかねばならない。
 この作品での諸葛亮は、劉表の戦略を「戦が嫌いで曹操を本気で討つ気はなく、(劉備に曹操と戦わせる中で)最終的には最上の条件で曹操と和睦することを図っている」(『蒼天航路』その百九十四・真っ向将軍〔趣旨〕)としている。これは先に描かれた野心的な劉表像とは異なっており、この作品の諸葛亮からの視点である。しかし、この話を陰で聞いている劉表が痛いところを突かれたような顔をしていることからすると、「天下を狙いつつ、曹操との和睦も視野に入れていた劉表」を示しているように思われる。
 その上で、「不純なのではなく官能的な方で、奇と正がきれいに備わっているが、惜しむらくは奇と正を飼いこなせぬままそれに乗っ取られた」(『蒼天航路』その百九十四・真っ向将軍〔趣旨〕)と述べ、「「学術の都を護る」と言っているが、学術を楯に己の身を守ろうとし、戦を避け乱世を忌み嫌っているが裏で刺客を操り、天下に野心はないという顔をしながら天子にしか許されない郊天の祭を密かにとり行った」(『蒼天航路』その百九十四・真っ向将軍〔趣旨〕)と、諸葛亮は劉備とのやり取りの中で指摘している。
 さらに、諸葛亮は「劉表様はご自分を愛することにかけては最高の色情魔。この中原を遠く離れた土地からあのお方は戦という札をちらつかせるだけで乱世を動かす天下人の気に浸ってこられました。つまり劉表様は天下と性交せずともただ自慰にふけっているだけで恍惚を充分に味わえるお方。ですが袁と曹が天下を争っていた頃であればともかくこれより先は天下と交わろうとなさらないお方に乱世の生き場所はありません」(『蒼天航路』その百九十五・侠気,鳴りやまず〔趣旨〕)とも述べている。
 加えて、劉表が「いかなる天下人といえども肉体が滅べばその脳中の天下は消滅する。だが、尊気なる脳の天下を学術に託せばその天下は永遠に生き続ける」と述べれば、諸葛亮は「この荊州内で完結するあなたの思想を文言に表し学術に昇華されても、それもまたあなたのためのあなたの自慰。永遠に生き続けることなどとてもかないません。そもそも為政者自らの陶酔を学術という知の体系にのせるなど、およそ人の領域を超えている。あの始皇帝でもなさろうとしなかったのに。いや、曹操孟徳、あの方ならば」と答えている。そして、虫の息の劉表が「わ……わしは……そ 曹操に…………はるか遠く…………及ばぬか」と言えば、諸葛亮は「はい」とあっさり言ってのけ、劉備は「いや、あんたは立派な荊州の王だぜ」と叫ぶのである(この段落のセリフは『蒼天航路』その百九十五・侠気,鳴りやまず〔趣旨〕参照)。

 劉表政権についての論文を書いている筆者から見ると、劉表の「天下を視野に入れていた人物」としての一面を描いているところは頷けるものである(とんでもない野心家の顔になっているところはちょっと引いてしまうが)。拙稿「劉表政権について―漢魏交替期の荊州と交州」(『創価大学人文論集』20 2008年)〔以下、「拙稿」と略す〕でも述べたように、確かに歴史上の劉表は郊天の祭を執り行い(『後漢書』孔融伝)、天子用の楽団を編成して演奏させようとしてもいるだけでなく(『三国志』杜曙纉`)、『後漢書』劉表伝の論にも「できるだけ動かずに、運を見方にして天下を三分しようとした」ともあるからだ。
 したがって、「曹操を本気で討つ気はなく、曹操との和睦をはかっている」とする見方については、劉表が赴任してからの荊州及びその周辺事情を総合的に考えると筆者は否定的である。しかし、本作品が劉表について描いている年代は、劉備が逃げ込んできた後、劉表がいろいろな可能性を探っていたであろう時期であり、完全には否定しきれない見方だと考えている。
 『三国志』などの史料から見て、劉表が学術を保護したことは確かである。彼の統治していた荊州で育まれた儒学は「荊州学」と呼ばれ、後々にまで影響を与えている。しかし、劉表が「学術を己の身を守る楯にしようとし」たとか、「脳の天下を学術に託そうとした」とまでは、筆者は考えていない。したがって、劉表が「為政者自らの陶酔を学術という知の体系にのせ」ようとしていたとも思えない(このようなキャラクター設定は面白いと思うが)。
「戦という札をちらつかせて天下人の気分に浸っていた」という見方については、そこまで言いきれるかどうかは疑問である。(拙稿にもまとめたが)「袁と曹が天下を争っていた頃」(西暦200年前後であろう)は、(おそらくは交州の張津と連携して曹操側についていた可能性の高い)長沙の張羨が挙兵しているなど劉表も荊州を統一しきっておらず、孫策・孫権や劉璋とも争っており、厳しい環境に置かれていたからである。ちなみに、劉表の置かれた周辺環境、特に交州については『蒼天航路』では指摘されていない。
 ただ、「袁と曹が天下を争っていた頃であればともかくこれより先は天下と交わろうとなさらないお方に乱世の生き場所はない」というのは、おそらくその通りであったろう。また、荊州について「中原を遠く離れた」土地としているのも、当時の人々の感覚として正しいと筆者は考える。

 このように見ると、『蒼天航路』では『三国志』などの史書の記事を踏まえながら人物像を膨らませ、それなりに根拠のある劉表像が描かれている。ここまでの人物像を描き出した王欣太氏や原案を考えられた李學仁氏などの関係者の方々の力量に、ただただ脱帽である。

注)
ご覧になる方の環境によっては、諸葛の「葛」の字が本来の字と異なってしまうこともあるかと思うが、ご容赦いただきたい。

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